種々雑多<蒸気駆動の少年>
蒸気駆動の少年を読みました。
- 作者: ジョン・スラデック,柳下毅一郎
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2008/02/19
- メディア: 単行本
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比較的短めの短編が多いですが、ひとつひとつの濃度は濃いです。
あと、奇想コレクションは「SF」作品のイメージが強く、どちらかというとSFメインの作家が選出されているが、ジョン・スラデックはSFもミステリもオカルト系も網羅している、すごい多様な作家のよう。
文章・小説という型にとらわれない作品も多々ある。
「不安検出書(B式)」 はそれの最たる例で、アンケート調査用紙のフォーマットが記されている。アンケートの内容に答えていくと……?といったサブリミナルな感覚を覚える作品。
「月の消失に関する説明」 や 「神々の宇宙靴――考古学は覆された」 のような科学記事を模した作品。それっぽいのに加え皮肉がきいている。
「ベストセラー」 は同じ登場人物で語り手が変わっていった結果、設定がコロコロ変わってく、劇中劇のような、複雑なストーリー。出版社に取り下げられて結末を変更しました、まで書かれちゃうのだからすごい。
といったように、とても遊び心に溢れている。
簡単な感想
せっかく収録されている短編が多いので、メモ代わりに簡単なあらすじ・感想を書く。(短編のあらすじ・作品名って意外と思い出せないので、検索してしまうことが多々ある。という反省を込めて)
全部書くわけではないが、収録順で。
古カスタードの秘密:のっけから置いてけぼりくらう作品でびっくりした。夫婦の家の中でのドタバタ劇なのだが、家電が勝手に動いたり、地下とキッチンで無意味な交信をしていたり、ナンセンスな雰囲気が漂う。世界観が不思議でいっぱいな作品。
超越のサンドイッチ:宇宙人セールスマンが人間の主人公に「知恵」を売る。届く荷物にはサンドイッチとテキスト。そのサンドイッチを食べるとテキストの内容がすんなり理解できる。知恵を育てる方法に「プラナリア」のような伝達方法を用いることで… アイデアはシンプルだけど、SFっぽさが光っていて面白い。
最後のクジラバーガー:食事を食べるショービジネス、ツギハギの体で生きている夫婦。すべてが家の中で完結するハイテクな世界なのに、家にまで広告が流れて会話が途切れるとか、そことないディストピア感がある。夫婦の在り方・人生について凝縮されていて、少し切ない気持ちにさせられる。
高速道路:アメリカの高速道路も日本と同じような道路なんだろうか。アメリカという広大な土地で延々と同じ景色の道を走っているバスを思わせる作品。リゾートへと向かうバスに乗っている主人公が乗り継いで乗り継いで、そのうち、ランニングマシーンのように同じ道を繰り返していることに気づく。降りても待っているのはなにもない孤独。
ゾイドたちの愛:"本物人間"の場所を間借りしてひっそり生きている"ゾイド"たち。人間なのに、人間からは視えない(視認されない)、必要とされない、醜い人間。解説曰くホームレス問題を風刺したものと考えることもできるようだが、同じ人間でも見て見ぬふりをされる存在、というのはいろんな対比として重なりそうでもある。
血とショウガパン:ヘンゼルとグレーテルの残酷描写モリモリバージョン。暖炉の火に幻視するナチスの強制収容所、という背景があるらしいが、それを抜きにしてもヘンゼルとグレーテルがめちゃくちゃ残酷である。
不在の友に:宇宙酒場でロボットが語る彼の物語。その物語には分析や問いかけは――あっ!
小熊座:ホラーな話。くまのぬいぐるみがインディアンの呪詛云々……。ジェレミ・ベンサムの標本が本当に存在してるとか、 (ジェレミ・ベンサム - Wikipedia)ゴーストダンスとか、それっぽい嘘かと思ったら本当なのが恐ろしい。
ホワイトハット:人間の体を馬のように操るなぞの昆虫型の宇宙人。彼らはなぜか、人間を操って西部劇ごっこを繰り広げる。西部劇っていうのが子供の遊びの延長線のようで滑稽だ。
教育用書籍の渡りに関する報告書:ちょうど最近"積読"がBBCで特集されて(Tsundoku……積ん読 それは本を買い、決して読まない技 - BBCニュース)話題だったりするが、この短編はまさに積読の本が主人公である。読まれることのない本たちが、突然空へ羽ばたいていく。それは群れをなし、他の本たちも一緒に"集団自殺"へと向かうのだ。読んだあと、謎の感動が生まれる作品。
おとんまたち全員集合!:大人たちはいつまでも子供でいたい、そして遊びやレジャーに夢中。対する子どもたちははやく大人になりたくて、勉強をし、大人たちから仕事を奪う。そんな皮肉のきいた作品。
最後に
個人的には「超越のサンドイッチ」とか「教育用書籍の渡りに関する報告書」が好きだと思った。
「ゾイドたちの愛」や「高速道路」や「最後のクジラバーガー」など、ちょっと孤独や切なさを感じる作品は、なかなか味がある。