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さようならを告げる物語<歌おう、感電するほどの喜びを!>

たまたま手にとった本が "アタリ" だったときの喜びったらこれ以上のものはない。

レイ・ブラッドベリの「歌おう、感電するほどの喜びを!」を読みました。

新しい文庫本なのですが、「キリマンジャロ・マシーン」と「歌おう、感電するほどの喜びを!」というふたつの本をあわせた短編集のようです。

「さようなら」の詩人

川本三郎による解説文のタイトルであり、ブラッドベリを表現するのにぴったりなフレーズ。

さよならを言うときは誰でも詩人になる

という解説で引用されている言葉が(どこ発祥かは不明だが)まったくそのとおりだなと。

物語のエッセンスとしての「別れ」。ブラッドベリの描く「さようなら」は次の未来へ進むための「さようなら」ではなく、ただただ現実に別れを告げている。

私はその独特の雰囲気にすっかり魅せられてしまった。詩的で、美しい物語だ。

簡単なあらすじメモ+感想

パパ・ヘミングウェイを敬愛する主人公が、ヘミングウェイとともにタイムマシンで過去へと向かう。

ストーリーとしては単純かもしれない。でも、主人公の心情や二人のやりとりに感情が揺すぶられる。古き良き時代、最上の日に思いを馳せて泣いてしまうのだ。

  • お邸炎上 :

自由を祝うため、金持ちの家を燃やそうとする人々。家の主人と話してみたところ、家の中には貴重な絵画があることを知る。主人は家を燃やすこと自体は構わないらしいので、その絵画を引き取ることにしたのだが……?

とんちのきいた寓話のような話。

  • 明日の子供 :

生まれた赤ん坊は異次元に取り残された。人間の目からは青いピラミッドにしかみえないが、赤ん坊はちゃんと生きている。見え方の問題。夫婦は赤ん坊と同じ場所に行くことを決める。

赤ん坊が青いピラミッドというだけで十分に狂気的な物語。夫婦が今いる次元と簡単に別れを告げる、その展開が余韻を残してくる。

  • 女 :

海に漂う知性をもった"女性"。彼女は男が海に入るのを待っている。海辺にいる女性と"女性"の攻防戦のような話。

  • 霊感雌鳥モーテル :

世界恐慌の最中、職を求め車を走らせる家族。養鶏場を併設したモーテルで、彼らは奇妙な卵を見る。その卵にはカルシウムである言葉が描かれていた。

職を探しているような切羽詰まった状況にも関わらず、家族の関係がうまくいっている。その理由が面白い。

たがいにほどよく尊敬の念を欠きあっているので、けんかのために集まる。不思議な関係。

機械のリンカーンが暗殺者によって"殺された"。リンカーンは人間ではないし、殺されてはいない。暗殺者はなぜ殺そうと思ったのか、主人公はなぜ彼を放免したのか。不思議な話だ。

  • われら川辺につどう :

しなびた通りの商店街が舞台。その近くで、新しく道路が開通する。そうすれば、この道は死ぬのだ。最後の一日を描いた作品。

道路の「さよなら」を表現した作品。人がいなければ道路は死ぬ。すごい好きだ。 最後の一日をどう過ごすか、どう感じるか。卒業式のような、最後の時間を大切に過ごそうと思えるようになる。

  • 冷たい風、暖かい風 :

異国から来た観光客御一行を不審がる地元の人々。公園でじっとしていた御一行の目的は「葉の色が変わるのを眺めること」だった。彼らは夏から、冬を求めてやってきたのだ。

「北風と太陽」のような、寓話っぽい話。アイルランドのお国柄?風土?がうまく使われているのが良い。

  • 夜のコレクト・コール :

火星に取り残された最後の一人。彼は孤独を紛らわすため、自分の声を録音し、電話をかけてくるように細工をしていた。

孤独の限界に挑む主人公に、感情を揺すぶられる。この物語もまた「さようなら」の物語だ。 地球に戻る他の人間にさようならを告げた老人は、ひとりぼっちにさようならを告げる。

  • 新幽霊屋敷 :

資産家の女性が持つ素晴らしい屋敷の秘密。燃えた屋敷をそっくりそのまま作り直しても、元の古い屋敷とは違う。屋敷は古い人間を拒否し、排除しようとする。

新しく「古き良き」モノをつくることはできない。古いモノは置いていかれるしかないのか、という悲しい気持ちになる作品。

  • 歌おう、感電するほどの喜びを! :

原題 "I sing the body electric!"から訳すセンスが素晴らしい。母親が亡くなった主人公のもとにやってきた"電子おばあさん"と家族が打ち解けるまでの物語。

"電子おばあさん"というのは乳母ロボット。主人公兄弟を世話するのはもちろん、彼らを正しい方向へと導く。おばあさんの語り口はロボットというより天啓のような、心理をついた優しい言葉。感動。

  • お墓の引っ越し:

老いた女性が、若い頃亡くなってしまった男性の墓を掘り起こす。男性は死んだときから年をとっていないが、彼女はすっかり年老いてしまっていた。しかし……

  • ニコラス・ニックルビーの友はわが友 :

ある夏の日、少年のもとにやってきたチャールズ・ディケンズ。 (チャールズ・ディケンズ - Wikipedia)もちろん、チャールズ・ディケンズは既に死んでいるはずで、彼は偽物に違いない。それでも、少年は彼に魅せられる。

落ちこぼれの小説家がどれだけ努力したかを語る。努力しても実ることはなく、ついに"自分を殺した"ことを語る。瞬間精密記憶(フォトグラフィック・メモリー)によってチャールズ・ディケンズの著作を正確に語れるようになったことも。

自分を偽ることはきちがいじみているのか。成功できない人にこそ読んでほしい。そして、考えてほしい。

  • 大力(だいりき) :

"大力"とよばれる男は、三十一にもかかわらず結婚と無縁でいつまでも子供のような生活を送っている。母親は咎めることも追及することもできない。

筋肉強い。現代だとそこまで不思議じゃない話なのがなんとも皮肉。

ロールシャッハってなんのことかと思ったら、ロールシャッハ・テスト - Wikipediaというものがあるらしい。かつての偉大な精神医学者が、なぜ突然姿を消したかを語る。視覚の欠落・そして聴覚の欠落。彼が感じていた世界は全く正しくなかった。

ロールシャッハのシャツ。その柄が何に見えるか。その答えからわかることはなにか。ニューポートの海岸沿いのバス、という舞台が物語をより一層豊かにしてくれる。

  • ヘンリー9世 :

すべてのグレートブリテンの人々が<島>を去る。夏へ移動する。残るひとり、ハリー。彼は変化を望まず、永遠の8月を拒んだ。

ブラッドベリの物語は、例えより良い未来・変化だとしても、それを拒否する人間を描いている。 それが"きちがい"じみているのかは分からない。間違っているとは思えないのだ。

  • 火星の失われた都 :

火星人の残した都市を尋ねる一行。パニックSF映画でよくある、登場人物ひとりひとりがひどい目に合うアレ。 登場人物の性格や職業にあわせて合う災難は皮肉が効いてて良い。

  • 救世主アポロ :

ポエム、というか詩である。SFだけど、賛美歌のような詩歌。

さいごに

さようならを言う。それは悲しいことかもしれない。それは心揺さぶられることかもしれない。

明るい未来を思い描きたい。前へと進まなくてはいけない。

でも、そんな期待や希望が重苦しい感じ、忘れたくなるときもある。

ブラッドベリの物語を読むと、ただただ、「さようなら」が愛おしくなる。過去に思いを馳せたくなる。

物語にすっかり魅せられた。好きになってしまった。

人々が平成最後の夏に魅せられる。「さようなら」に魅せられるのだと痛感した一冊だった。