キャビアを食べたことはない<輝く断片>
奇想コレクションの「輝く断片」を読みました。
- 作者: シオドア・スタージョン,大森望
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2005/06/11
- メディア: 単行本
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「不思議のひと触れ」と「[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ」も読んだので、奇想コレクションのスタージョンは制覇できました。ようやく。
「ウィジェットと〜」は表題作以外結構軽かった印象なのですが、今回はすごく読み応えがある作品が多かったです。もう1回読み直してもいいかもしれない。(といいつつ読み返さないタイプ)
感想
- 取り替え子
取り替え子という概念をはじめて知った。魔女狩りの赤ん坊版みたいなものか。
子供を育てられる立派な大人であることを証明するために、取り替え子の赤ちゃんを育てることになった主人公夫婦の子育て奮闘劇。 取り替え子の雰囲気がオッサンなのが面白い。実質オッサン。
取り替え子も愛されると本当の子供になるんだよ、というある意味での美女と野獣ストーリーである。
- ミドリザルとの情事
艶笑(えんしょう)話。
ミドリザルについては以下のように説明されている。
「ジャングルでサルを一匹捕まえて体を緑色に塗ると、ほかのサルたちがよってたかって噛み殺しちゃうんだって。自分たちと違うから。危険だからじゃないのよ。一匹だけ違うからっていうだけの理由」
このストーリーでいう"ミドリザル"は恐らく性的少数者のことだと思われる。作品の初出が1957年なので、この年代にそれを突き詰めているのはすごい。
夫がいながら“ミドリザル”な存在に惹かれて行く女性。その描写がそれとなく美しい。
社会更正ってなんだよ、結局出る杭は打たれるのと同じじゃないか、っていう皮肉が効いてる小説。
- 旅する巌
「[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ」や「三の法則」など、スタージョンおなじみ、宇宙人による恩恵を受ける系の話。
作家とそれを支えるエージェント(プロデューサー的なものか)の話。 すごい美しい小説を書いた小説家が、小説とは真逆の荒々しい性格だった。そんなはずはないとエージェントの主人公が奔放する。
恐怖から完全に切り離されると人はどうなるのか、人は恐怖ゆえに人を傷つけるのか。
- 君微笑めば
サイコパスという概念が浸透する前のサイコパス小説である!そう思うとタイトルが憎らしい。
他人を貶めることに快楽を覚える人間、それにノイズを覚えノイズを消すために殺すことをなんとも思わない人間、どっちが果たして「良い」のか。それは難しい問題だ。
- ニュースの時間です
これは本当にヤバイ。突拍子もない設定、その設定のまま突き通されるストーリー、突拍子もないラスト。
ラジオ・新聞といったニュースに異常なほど齧り付く男。それにうんざりして禁止する妻。すべてを失い狂った男は家を飛び出し、山奥で過ごすことにしたが、だんだんと文字が読めなくなり、言葉も聞き取れなくなっていく。
これのなによりもヤバイことは、ロバート・A・ハインラインからもらったプロットに基づいた作品だということだ。恐ろしすぎるコラボレーションである。
- マエストロを殺せ
バンド内のいざこざを扱うサスペンス。
醜い顔の主人公が天才でイケメンの指揮者に嫉妬して、殺人を犯す。そこからがストーリー本番なのがやばい。
指揮者を殺してもバンドには「彼が生きていた」。彼が生きていた頃の音楽と全く変わらなかった。今度こそ指揮者を殺すために主人公はまた奔走する。
主人公の「おれのような醜い人間が生きるためには天才は殺さなきゃならねえ」っていう感情の動き。劣等感がもたらす、使命感に満ちた衝動的な行動に少しだけ共感してしまう。
- ルウェリンの犯罪
生きること、働くことだけで精一杯な主人公が、数十年ごしに一緒に住んでいた女性と結婚していることに気づき、家計を管理してもらっていたことに気づき、自分がなにもできない・知らない人間だということに気づく。
序盤で主人公の行動が意味不明だと思ったら、そういうことか、って主人公・読者共々気づかせるのがすごい。そういうことか。
「悪いことなんかできるわけがないとてもいい人」である主人公がそのレッテルから逃れようとし、そして大切なものを失う話。
- 輝く断片
表題作。作者が「最も力強い作品」と銘打った通り、すごく力強い。心がかき乱される作品。
冴えない男が、瀕死の女性を助けて、ぜんぶ自分で助けようとして、でもそれは間違っていて、でも男はそれを理解できない。 必要としてほしい、孤独な心。
序盤がまさかの血みどろ展開、グロテスクな描写なので注意。
最後に
スタージョンが描くのは「孤独」と「愛」だ。(シオドア・スタージョン - Wikipedia)
孤独だからこそ、愛を必要とするし、愛する相手を必要とする。そして孤独なものは愛の対象となる相手をどこかで履き違えてしまう・間違えてしまう。そんな矛盾を描くのがスタージョンなのだ。