インドとSF<サイバラバード・デイズ>
サイバラバード・デイズを読みました。近未来インドを描いた中編の連作。
- 作者: イアンマクドナルド,Ian McDonald,下楠昌哉,中村仁美
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/04/01
- メディア: 単行本
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イアン・マクドナルドという作家が好きだ!と思ったのは、(これまた)SFマガジン700で読んだ「耳を澄まして」という作品がきっかけだ。
終わろうとする世界・ナノテク・エンパスといったSF要素がきれいにコラボレーションし、ラストで一気に引き込まれる。どんどん明らかになる事実に対して、ラストできれいに収まる、物語の流れが本当にすごい。
私の好きな短編のひとつだ。
- 作者: アーサー・C・クラーク,ロバート・シェクリイ,ジョージ・R・R・マーティン,ラリイ・ニーヴン,ブルース・スターリング,ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア,イアン・マクドナルド,グレッグ・イーガン,アーシュラ・K・ル・グィン,コニー・ウィリス,パオロ・バチガルピ,テッド・チャン,山岸真,小隅黎,中村融,酒井昭伸,小川隆,伊藤典夫,古沢嘉通,小尾芙佐,大森望,中原尚哉
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2014/05/23
- メディア: 文庫
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そういう訳でずっと他作品を読もうと思っていたものの、出版されているものは長編ばかりで、短編集はない。
参考:http://ameqlist.com/sfm/mcdo_i.htm
私は基本的に短編のSFが好きなのであきらめていた。長編は途中で飽きてしまう。
しかし、サイバラバード・デイズは中編小説集。これならば読めるのではないか、とチャレンジしてみた。
以下、感想。
インドとSF
まず言いたいのは、「インドSFの世界観すごい!」ということだ。
ブレードランナーに代表されるように、日本とSFは意外にもマッチする。 ごちゃごちゃしてて、少し荒廃的で、新しい。サイバーパンクを彷彿とさせるのだと思う。欧米の人々にとっては東洋という見知らぬ土地が、なおさら異世界の雰囲気を醸し出すのだろう。
Twitter より
一方でインドも似たような要素を持ち合わせている。
IT化が一気に加速してることや、都市部の人口密度が高いこと。色んな宗教の人々が集まり、それぞれ異なる神が存在している。
そんな訳で、この本で描かれるインドは古くからの文化を残しながらもAI・ロボット・ナノテクといった技術が発展した世界だ。
- ガンジス川で沐浴する人がいる一方で、ロボットたちが戦争をしている。
- AIが場所に関係なく活動する一方で、人々はファトファト(トゥクトゥク的な乗り物?)で移動する
- 遺伝子操作で子供の性別が決められる一方で、結婚におけるカースト制度は根強く残っている
そんな世界観で描かれる物語は、SFでありながらオリエンタルで独特だ。
他に出版されている長編の設定を引き継いでいるらしく、ドラマの登場人物を演じるAIやヌートという第三の性別など独自の世界観で描かれている。
それぞれ感想
- サンジーヴとロボット戦士
ロボット戦士、というのはどうやら日本のロボットアニメのようなロボットを描いている様子。(日本のアニメみたいな、という描写を本編ではちょこちょこしている)
主人公はロボットを操縦する少年たちに憧れているけれど、実際のところ彼らは薬物で無理やり戦闘に適応させられた少年兵となんらかわらない、というのがなんとも皮肉。戦争なんて華やかでかっこいいものではない。
- カイル、川へ行く
今回一番好きだなと思った作品。
インドの外から、親の仕事の都合で来た主人公が、ひょんなことから家出して、地元の友人とガンジス川に行く。
たったそれだけの物語だけれど、何も知らない少年が、ガンジス川を、インドを、はじめてその景色をみた瞬間が、いかに忘れられない出来事になるかは計り知れない。
世界が一気に広がる瞬間ってこんなにも美しい。青春だなと思った。
- 暗殺者
二つの一族の血を血で争う抗争、一族で最後の一人になってしまった娘が復讐のためだけに生きる。
少女が教養を磨いていくサクセスストーリーかと思えば、やっぱりSFだった、みたいなSF。
- 花嫁募集中
この作品の設定では、生まれる前の子供に遺伝子操作を行えるようになった結果、男女比率で男性が圧倒的に多くなり、結婚がすごく難しくなっている。
主人公が結婚のため、専用の紳士AIと一緒に頑張る。↑の作品と同じで、人間が頑張るストーリーかと思えば、やっぱりSFだった。みたいなSFである。 作品全体通して結婚への当たりが強い。
- 小さき女神
生き神として選ばれた少女が翻弄される話。
これまた結婚が物語のターニングポイントだったりする。元女神と結婚するってすごくファンタジックだと思うのだが、カースト制度的には不可侵、つまり触れたくない身分。
女神として生きる素質は、自分を自分から解離できるかどうか。人が死んでもなんとも思わないような、精神病患者ぎりぎりのところで存在している。女神といえども少女で、世話係は親のように彼女に接していたり、成長して女神ではなくなることを恐れているのが面白い。神性と処女性が一致しているのはどの文化も同じなんだろうか。
- ジンの花嫁
ジンというのはアラブ世界における精霊。日本の八百万の神みたいなものだろう。
形のなき人間より優れた存在・AIはまるでジンみたいだね、というタイトルの付け方がいい。そういうわけで、この中編は外交官AIと結婚することになったダンサーが主人公の話だ。(また結婚の話かよ)
AIは複製可能で仕事中も彼女に会いにこれるし、いつでも一緒にいることができる。でも触れることはできない。子供もできない。
今までの固定概念と比較して、嫉妬したり苦しんだりする主人公。まじか、近未来な設定なのにそこ苦しむのか。主人公はスラム上がりからセレブまで成り上がった女性だから、ってのもあるかもしれないが、ちょっとしっくりこない終わり方だ。
- ヴィシュヌと猫のサーカス
これまた独自設定。遺伝子操作され、優れた能力と人の二倍の寿命を手に入れるが、体の成長が人の半分というブラーミン。そのブラーミンであるヴィシュヌの視点で語られる物語。
彼の半生が語られることで今までの設定の総括というか、全部がつまっている。
ゆっくり成長していく彼に反して世界は急速に発展していく。意識をアップロードし、すべてのネットワークとつながるポストヒューマンの存在。ブラーミンのように生まれる前からいじくる必要がない、新しい世代。
生まれた当初はマンガに描かれ、物語の上ではヒーローだった彼は、期待された将来図みたいな、ひかれたレールの上を歩くことをやめていた。世界の危機に直面し彼がヒーローになるのは胸熱だね。
おわりに
読んでいて思ったのだが、イアン・マクドナルドの作品は唐突に場面転換したり、視点が別の人に切り替わったりするよね。(一応改行しているけど)
過去未来と流れが連続していないのに連続しているかのような感じ。良くも悪くも不思議な感覚を味わう。
ところどころ書き方が脚本っぽいなあと思った。独特の作風だ。翻訳するの大変だろうな。
- おわりのおわりに インド人の名前って読むうえでめっちゃ頭使う。似てるけど似てない名前がいっぱいでてくる。
そして自分は長い物語読むのは苦手だと、改めて思い知った。おとなしく、次は短編集を読みます。